「流れに流されて見える風景」vol

 高嶋 敏展

 

 

 

ひょんなことが災いなのか幸いなのかわからぬが、人生の歯車がずれて、思いもかけぬ方向に動き出す。見通しはもちろんないが、ない時にかぎって見通しの方からやってくる。

 

2013年の11月「ほんとうの自分を求めて」という姫田忠義氏が1977年にちくま書房から発刊した本の復刊をおこなった。著者の姫田忠義さんは世界的なドキュメンタリー映画監督で、僕はその知遇をたまたま得ていた。

「ほんとうの自分を求めて」は姫田さんが48歳の時にちくま少年図書館シリーズのために書き下ろした本で、自分の旅と人生について書いている。重版を重ねて人気のある本だったが、96年に絶版になり中古市場では1万円をこえる高値で取引されていた。

 

僕はクリエ・ブックス編集室というレーベルを作って、きちんと流通販路を作った代わりに、過剰在庫と持ち出し資金にあっぷあっぷしている。僕は自分の作品集を一冊も出版していないのに、他人の、それも大昔の本の復刊のために発行人を引き受け、その為に奔走した。その始まりは、その後の困難をまるで感じさせない「ひょんな」ことであった。

姫田忠義さんは日本を代表するドキュメンタリー映画監督。評価が定まらぬ孤高の人といっても良いだろう。

 

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僕と姫田さんの出会いについては、いつかまた、別の機会に書きたいが、ともかく僕は2009年の春に姫田さんの事務所に宿代をケチって泊めてもらっていた。

朝、事務所の扉を開けて入って来た女性との出会いが「ひょんな」のはじまりだった。

彼女の名前は白石千洋。

姫田さんの事務所の所員ではなく「押しかけの女房」だった。昼間、ボランティアで事務所を手伝って、夜に印刷工場に働きにいくという生活。姫田忠義という人に出会い、少しでもそばに居たいと、押しかけの居候になっていた。この押しかけ女房と僕はとても気が合った。17歳からデザイナーのような事をスタートして、ライフスタイル雑誌の編集者やwebデザイナーを経て、流れに流れてこの場所にたどり着いたのだそうな。若いのに随分とアウトローな経歴であった。呑気に生きてきた僕とは違い、疾風怒濤の日々だったろう。

 

夕方になると彼女は印刷工場に出かけていった。まるで、家から出勤をするように。お金のある奴が自分の時間をボランティアに費やすならともかく、彼女は僕と同じように貧しかった。この彼女の清々しい行動は僕に不思議な感動を残した。

半年後にふたたび、姫田さんの事務所に泊めてもらいに行くと、彼女は姫田さんの事務所の所員の今井友樹君と婚約をしていた。丁度、一緒に暮らすために引っ越しをしたばかりという。

あつかましく新居に遊びに行った時、彼女から「ほんとうの自分を求めて」の再版のアイディアを初めて聞かされた。本が大好きな彼女は自分の編集の能力や経験を姫田さんの忘れられた著作で活かそうと考えた。それは姫田さんへの想いだけでなく、彼女自身の挑戦のように思えた。彼女の企画は印刷費のリスクなどを考えて2000冊の予約を確定した段階で印刷を始める方式にしたいこと、最初は手弁当でいずれは採算ラインに乗せたい事などだった。

ただ、仕上がりは素人が手作りしたようなものではなく、きちんとしたデザイナーが本の装幀をやってほしいが金額的に無理だろうとも。無理と言われるとアマノジャクの僕は口を出したくなる。その場から僕の住んでいる出雲の友人でデザイナーをしている石川陽春に電話をかけて口説き落とした。彼女と石川陽春と僕。この3人の凸凹トリオによって空前絶後の復刊プロジェクトはスタートする。

今、思い返しても僕や石川が深入りして本を作るだけの理由が思いつかない。あえていえば彼女が聡明で美人であったという事実だけが僕らを突き動かした理由ということになるのだろうか。縁とも絆とも呼べるほどのものではないが、「ひょんな」ことはまだまだ続く。

 

 

 

『ほんとうの自分を求めて』(1977年5月15日/筑摩書房)の復刻版

 

 

筑摩書房さんに原稿使用の承諾をいただいて、復刊をめざすことが決定しました。民族文化映像研究所所長・姫田忠義の初の著作です。戦後日本の映像民俗学・映像人類学、民俗学や人類学の入門書として、また「生き方」のヒントがつまった思想・哲学の書、人生の手引書としても、人物評伝・エッセイとしても楽しんでいただける内容。1977年の筑摩書房版は、「ちくま少年図書館 心の相談室」という中学生向けのシリーズで、全100冊のうち36番目に刊行されました。このシリーズの著者は「こんな生き方があってもいいんだ」と思わせてくれる、ちょっと変わった生き方の人ばかり。

 

民映研作品『周防猿まわしの記録』に 登場する村崎義正さん、民映研活動初期から応援してくださった新聞記者の本田勝一さん、映画評論家の佐藤忠夫さん、日本人初のノーベル賞受賞者である湯川 秀樹さん、戦争や差別の空虚さと日常生活の美を伝えた随筆家の岡部伊都子さん、「ムツゴロウさん」の愛称でおなじみ動物研究家の畑正憲さん、漫画家の水木しげるさんといった、個性的な方々が登場します。

 

『ほんとうの自分を求めて』姫田忠義/はる書房/2013年

クリエ・ブックス編集室(今井千洋・今井友樹・高嶋敏展)

 

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高嶋 敏展/たかしま としのぶ

写真家、アートプランナー。1972年出雲市生まれ。1996年大阪芸術大学芸術計画学科卒業。

大学在学中に阪神淡路大震災が発生。芦屋市ボランティア委員会に所属(写真記録部長)被災地の記録作業や被災者自身が撮影記録を行うプロジェクトを 企画。1995年~「被災者が観た阪神淡路大震災写真展」(全国30か所巡回)、芦屋市立美術博物館ほか主催の「震災から10年」、横浜トリエンナーレ 2005(参加)、2010年「阪神淡路大震災15周年特別企画展」、2012年「阪神大震災回顧展」など多くのプロジェクトに発展する。