世界を愛する

高橋 あい

 

 

 

13ヶ月のアメリカ滞在を終え、日本に帰ってきました。時間の密度も人との距離感も異なる日本にまだ慣れません。長く感じていた一年の記憶が、あっという間に消えてしまいそうなくらい、帰国後、目紛しく過ごしています。自分時間のペースを作るまでに、もう少し時間が要りそうです。

と、いうのは言い訳を前置きに、5日ほど遅れたことをお詫びします。

 

 

鎌田東二理事長や鳥飼美和子さんのエッセイの中でも、触れられていましたが、10月26日に山尾三省祭りが行われました。山尾三省さんは東京自由大学の顧問として関わってもいた詩人です。以下は、山尾さんから子どもたちに向けた遺言であり、その遺言を自由大学のメンバーは精神歌として大切にしています。

私自身は、この遺言を初めて読んだのは、山尾さんが亡くなった後、丁度十年前くらいでした。でも、原子力について、本当に真剣に考えたかどうか自分に問うてもおそらく読んでいただけに過ぎなかったと思います。

私は、今の事態にうまく立ち往生は出来ていませんが、多くの学びのあった今回の事故に「ありがとう」という気持ちは忘れないでいたいと近頃思うようになりました。個人の運動として、日常の些細なことから生き方を変えることが出来るだろうと、思えるからです。大きな出来事は、大きな気付きを差し伸べてくれます。その気付きこそ、生きる智慧には大切なことなのだと思います。

このウェブに出会った人も、震災以後の今、是非ご一読下さい。

 

 

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子供達への遺言・妻への遺言
山尾 三省

 

僕は父母から遺言状らしいものをもらったことがないので、ここにこういう形で、子供達と妻に向けてそれ書けるということが、大変うれしいのです。というのは、ぼくの現状は末期ガンで、何かの奇跡が起こらない限りは、2、3ヶ月の内に確実にこの世を去って行くことになっているからです。
そのような立場から、子供達および妻、つまり自分の最も愛する者達へ最後のメッセージを送るということになると、それは同時に自分の人生を締めくくることでもありますから、大変身が引き締まります。

まず第一の遺言は、僕の生まれ故郷の、東京・神田川の水を、もう一度飲める水に再生したい、ということです。神田川といえば、JRお茶の水駅下を流れるあのどぶ川ですが、あの川の水がもう一度飲める川の水に再生された時には、劫初に未来が戻り、文明が再生の希望をつかんだ時であると思います。

これはむろんぼくの個人的な願いですが、やがて東京に出て行くやもしれぬ子供達には、父の遺言としてしっかり覚えていてほしいと思います。

第二の遺言は、とても平凡なことですが、やはりこの世界から原発および同様のエネルギー出力装置をすっかり取り外してほしいということです。

自分達の手で作った手に負える発電装置で、すべての電力がまかなえることが、これからの現実的な幸福の第一条件であると、ぼくは考えるからです。

遺言の第三は、この頃のぼくが、一種の呪文のようにして、心の中で唱えているものです。その呪文は次のようなものです。
 南無浄瑠璃光・われらの人の内なる薬師如来。
 われらの日本国憲法の第9条をして、世界の全ての国々の憲法第9条に組み込まさせ給え。武力と戦争の永久放棄をして、すべての国々のすべての人々の暮らしの基礎となさしめ給え。

 

以上三つの遺言は、特別に妻にあてられたものなくても、子供達にあてられたものでなくてもよいと思われるかもしれませんが、そんなことはけっしてありません。
 

ぼくが世界を愛すれば愛するほど、それは直接的には妻を愛し、子供達を愛することなのですから、その願い(遺言)は、どこまでも深く、強く彼女達・彼ら達に伝えられずにはおれないのです。
つまり自分の本当の願いを伝えるということは、自分は本当にあなたたちを愛しているよ、と伝えることでもあるのですね。

死が近づくに従って、どんどんはっきりしてきてることですが、ぼくは本当にあなた達を愛し、世界を愛しています。けれども、だからといって、この三つの遺言にあなたがたが責任を感じることも、負担を感じる必要もありません。

あなた達はあなた達のやり方で世界を愛すればよいのです。市民運動も悪くないけど、もっともっと豊かな”個人運動”があることを、ぼくたちは知ってるよね。その個人運動のひとつの形としてぼくは死んでいくわけですから。

 

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自由大学は11月12月も予定通り講座が続きます。4月の段階では日時未定でした、常田佐久先生の講座「ひので科学プロジェクト・太陽の異常?プラズマ現象」は12月14日14時からと決定になりました。大地と共生する智慧を、是非、自由大学で一緒に共有しましょう。

 

鍋とこたつが楽しみな季節です。綺麗なセーターと木枯らしの音を楽しみつつ、風邪など引かないようにご自愛下さい。

 

 

 

高橋 あい/たかはし あい

東京自由大学ユースメンバー。写真家。多摩美術大学情報デザイン学科卒業。東京芸術大学修士課程修了。沖縄大学地域研究所特別所員。ポーラ美術振興財団の助成を受け、2012年9月から1年間、アメリカ合衆国・インディアナ大学にて写真作品制作と研究を行い、2013年10月に帰国。東京自由大学では、主に「大重潤一郎監督連続上映会」の企画を行っている。また、このウェブマガジンの発案者である。ホームページ