神楽と縄文 1
三上敏視
私が神楽に興味を持ったのは、最初は日本のルーツ・ミュージックを探していて、40代なかばにしてやっと出会った神楽のお囃子や歌にそれがあるのではないかという直感を持ったことと、その前に札幌で5年間ほどアイヌの文化運動の手伝いをしていて、アイヌをはじめアボリジニ、カナダのクリンギット、クワキュートル、様々なアメリカンネイティブ、ハワイアンネイティブ、フィリピンのイゴロット、ラップランドのサーミなどの文化との出会いがあり和人のネイティブ文化を意識したからである。
主にアイヌと各国先住民の交流のコーディネイトや事務局作業、裏方などをしていたのだが、いつも「あんたは日本人なんだよな」と確認させられた。
それは「日本人なのによくわかっているな」という意味の場合と「しょせん日本人なんだよな」というニュアンスの場合があった。
アイヌからも「あのシャモはなんの目的で近づいているのか」と不信の目で見られたこともある。
特に93年に別冊宝島EXから『アイヌの本』を出した時は「ああ、本出して儲けるために近づいていたんだな」という陰口が聞こえてきた。
ほとんど自腹で取材して、印税もない雑誌で儲かるわけもなく、ボランティアに近い仕事だったから大変だったけど、それまでアイヌの文化や生活、そして現状を幅広く一般向けに紹介する本はなかったから、これを出すことが出来たのはお金には変えられない喜びがあった。
よくアイヌにあこがれてマタンプシという鉢巻をつけたりアイヌ衣装を羽織ったりする和人の若者がいるが、これはアメリカ西海岸でニューエイジが始まった頃の「wanna be族(インディアンになりたい白人)」と同じようなもので、僕はアイヌになれないことはわかっていたので、「色男の舞」という踊りをやらせてもらった時以外は衣装は来たことがない。しかもそれはほとんど余興だったが。
さて、この動きの中で「(過去にDNAが入っているかもしれないが)今のアイヌにはならない和人の自分はどれだけ彼らと同じ次元、共通の話ができるのか、和人にはネイティブカルチャーが残っているのか」という宿題が残ったのである。
そして神楽と出会った時に、そこに内包されているアニミズム、シャーマニズムなどから「これが和人のネイティブカルチャーの片鱗かもしれない」と考えたのである。
アイヌ文化はよく縄文文化とのつながりがあると言われている。アイヌ文化を知ることができたために「神楽と縄文」の関係も探りたくなり、そちらの比重が増えて来たのである。
そして神楽を見続けているうちにアイヌ文化のヒントがなくても縄文の痕跡をいろいろ見つける、あるいは想像(妄想)することが出来るようになった。これがまた楽しいのである。
だからEFGというこの場を借りて少し整理していこうかと思っている。
◆アイヌ文化をとおして「神楽と縄文」を考える。
まず最初にアイヌ文化から見てみると、「神懸かり」がある。アイヌの場合はトゥスというもので、神だけでなく先祖の霊が降りてくることもあり、私も一度母親がおりてきた場面に立ち会ったことがある。神楽でも古代の巫女舞の基本は神懸かりであり、今でも神懸かりの儀礼を残している神楽は少なくない。
そして自然信仰と祖先崇拝。アイヌの神事カムイノミは火の神を中心に様々な自然神に酒を捧げ、祈る。そして女性たちは先祖供養をする。そしてそのあと、歌って踊っての宴会になる。基本的に古来からの祭りや神楽と同じである。アイヌ文化が縄文文化の要素を持ち続けていたならば、神楽と縄文の関係にも繋がるということにもなるだろう。
また歌って踊っての時に、悪魔払いの呪術的踏舞「ニウェン・ホリッパ」や「タプカル」に由来する「リムセ(踊り歌)」が踊られる。これは地面を踏みつけるもので神楽の「反閇」と同じものだろう。この時刀を持った男性たちは「オオオオ~」と警蹕のような声を上げる。
古代宮中で行われていた蹈歌(たふか)は中国由来だが、道の上を踏んで踊るものだったらしい。日本ではその後形を変えたことになっているが、蝦夷が朝廷の蹈歌節会に参加したという記録があるので、ひょっとしたら蹈歌(たふか)とタフカルは関係があるのかもしれない。
また岩手県の黒森神楽では山の神舞などの途中で舞い手が神に捧げた御神酒を飲み、それが参列者が一口ずつ飲んで回す。これはアイヌのカムイノミにもあることで、東北地方には江戸時代までアイヌがいたらしいからどちらが先かは分からないが、共通していることは確かではないだろうか。
神楽とアイヌ文化についてはこれくらいにしておいて、次回からは神楽そのものの中に見える縄文を紹介していきたい。
三上 敏視/みかみ としみ
音楽家、神楽・伝承音楽研究家。1953年 愛知県半田市生まれ、武蔵野育ち。93年に別冊宝島EX「アイヌの本」を企画編集。95年より奉納即興演奏グループである細野晴臣&環太平洋モンゴロイドユニットに参加。
日本のルーツミュージックとネイティブカルチャーを探していて里神楽に出会い、その多彩さと深さに衝撃を受け、これを広く知ってもらいたいと01年9月に別 冊太陽『お神楽』としてまとめる。その後も辺境の神楽を中心にフィールドワークを続け、09年10月に単行本『神楽と出会う本』(アルテスパブリッシン グ)を出版、初の神楽ガイドブックとして各方面から注目を集める。神楽の国内外公演のコーディネイトも多い。映像を使って神楽を紹介する「神楽ビデオ ジョッキー」の活動も全国各地で行っている。現在は神楽太鼓の繊細で呪術的な響きを大切にしたモダンルーツ音楽を中心に多様な音楽を制作、ライブ活動も奉 納演奏からソロ、ユニット活動まで多岐にわたる。また気功音楽家として『気舞』『香功』などの作品もあり、気功・ヨガ愛好者にBGMとしてひろく使われて いる。多摩美術大学美術学部非常勤講師。