ゼロの状態

高橋慈正

 

 

 

2018年が始まり、はやくも3週間の月日が経ってしまいました。
設立20周年を迎える「NPO法人 東京自由大学」を、本年もどうぞ宜しくお願い致します。

 

天気予報の寒波は外れることなく、外一面が雪景色。
暮らしとしては大変だが、静けさと水墨画のような風景が心を浄化する。いつだったか、私と同じように移住して来た友人が「雪は人間が作り出した汚い物を全部隠してくれるね」とつぶやいたことが、風景として再現される。高度成長期に形成された便利さが雪の下に隠れ、一昔不便だった時代に近づく。
去る1月22日、東京でも雪が降ったとニュースが報じる。雪に慣れていない都心では車の事故が相次いで報道されていた。いつもは渋滞で騒音が響く国道もその数は少なく、静かな様子だった(事故が少ないことを祈りつつ)



人間が主張しない世界が好きだ。
2年前にセネガルの田舎を旅したときに、一番印象的だったのは、犬猫はもちろん、ロバや馬、牛や豚、鳥たちが行き交い、人間が自己主張していないということだった。
砂漠では、バオバブが大地にどっしり根をおろし、両手を広げるように枝が天に向かっている。その下に母子がロバとともに腰を下ろす。
小さな集落の中では、正午になると小学校の校舎から数えることの出来ない数の子どもたちが飛び出してきて、近くの木の下で昼食を用意している3、4人の女性の元に大勢の子どもが群がる。この村の女性にとって、自分が産んだ子どもだけが子どもではない。どの子も大切な子どもなのだった。旅人の私も、同じように既に家族のようなまなざしを向けられ、食事を差し出してくれる。そこにいるだけで、「私」という自我が削られる経験だった。


故・中野孝次さんは、良寛さんについて語るなかであげる「良寛の5つのメッセージ」を、自らへの戒めとしてのメモとして記す。
  ・物欲を捨てよ
  ・今の為に生きよ
  ・ゼロの状態に身を置く訓練をせよ
  ・身を「閑」の中に置け
  ・自分で考え正しく生きよ

全てが自分の思い通りになると思えるような物質的な世界の中で、例えば都心で雪が降る日に、不自由を自由に、身を「閑」の中に置ける時間に豊かさを思う。良寛さんは、余分な蓄えを持たず、今、この時間生きるためだけの托鉢をしていた。だから、ちょっとしたことにも喜びを感じていたはずである。

降り積みし 高嶺のみ雪 それながら 天つみ空は 霞みそめけり

良寛


閉鎖された世界の中で、精神世界を豊かに過ごす。そんな時間がいつの間にか意識をしないと薄れてしまった世界のような時節を感じます。


私のパソコンのネットワークのHDが壊れ、この更新に時間を要してしまいました。当たり前と思っていた道具が壊れると、かつての道具は自ら直すことができましたが、パソコンとなるとそうも行きませんでした。何人かの友人に借り時間をかけての更新は、便利とはほど遠いものでしたが、「一人一つ(以上)」というのが当たり前になってしまったパソコン、テレビ、携帯電話、車、部屋という暮らしから離れたいと思っていた私には有り難い時間でした。
ご迷惑をおかけしていることを熟知しつつ、お付き合いしてくれる寄稿者、読者の皆様に感謝申し上げます。

次回の更新は、今年の夏を予定しております。
3月には、次年度の講座をホームページやFBにてお知らせしますので、引き続き「東京自由大学」を、宜しくお願い致します。

 

 

 

高橋 慈正/たかはし じしょう

曹洞宗僧侶。東京自由大学では、広報を担当している。2002年より元副理事長・大重潤一郎監督と知り合い、「久高オデッセイ第三部」まで、映画制作の助手を行い、東京自由大学においても「大重潤一郎監督連続上映会」の企画を行ってきた。また、このウェブマガジンの発案者である。ホームページ