回顧
三上 敏視
もう何年もやっていないが、麻雀はとても良く出来たゲームだと思う。中国生まれということで、まず東南西北があり、牌の字や模様にはそれに対応した緑、赤、白、黒が使われていてコスモロジーを感じる。五行の中央、黄色がないけれど、五角形のだとやりにくいし、それらしい訳が付けられているのではないだろうか。たぶん誰か研究しているだろう。
僕が麻雀をやっていた頃好きだったのは、最初の洗牌だ。牌をかき混ぜる、トランプを切るのと同じだけど、洗うという字を使っているから、その前の局に取り付いた「流れ」やプレイヤーの邪気などを取り除くのだろう、お祓いみたいなものである。
この時、牌をかき混ぜている時、卓の上は混沌としたカオス状態である、そしてプレイヤーも雑談したりしてリラックスしている。そして牌をキチンと積み上げたところでカオスがコスモスに変わり、サイコロが振られて、ゲームに集中する。
この流れがとても重要だと思うのだが、もう麻雀荘では不正防止のための自動洗牌になって久しい。だから、もし麻雀に誘われたとしても自動洗牌の卓ではやりたくないと言うだろう。
長い前置きだったが、これからが本題である。
神楽のお囃子では、一定のリズムを出すものと、西洋的に言うと「無拍子」のものの二通りを使うところがある。無拍子の部分は高千穂神楽では太鼓がドロドロドロと乱打する。奥三河の花祭では太鼓は小さく一定のリズムで叩くが、笛はそれと無関係に無拍子のように吹かれる部分がある。
そしてそのほとんどは、無拍子の部分が先にあり、それから一定のリズムに変わるパターンで、この瞬間がやはりなんとも心地が良い。カオスからコスモスへの移行なのである。
縄文時代にいったいどのようなリズムで祭りをやっていたかは誰も知らない。縄文学者の中にはつい最近まで縄文的生活を続けてきたアボリジニを研究することによって縄文の文化を考えている人がいるが、アボリジニのシンプルな楽器、スティック(木の棒)、あるいはブーメランの使い方を見てみると、ある踊りでは前半はスティックを早く叩き、ディジュリドゥーと踊りと声はそれとは合わせていないのだが、後半、少し遅く一定のテンポを出すと踊りと歌もそれに合うというものがあった。
縄文時代の祭りは乱打、乱舞だったのではないか、という研究者もいるが人間の心臓の鼓動があるかぎり、乱打だけではなかったのではないかと思う。そしてそこにもきっとカオスからコスモスへの移行があったのではないだろうか。
非公開なので記録映像もまだ見たことがないのだが、春日大社のおん祭りでも、祭りのはじまりの「遷幸の儀」の行われる若宮では、龍笛の一声が吹かれるとその数が次第に増え、吹きものすべてが奏されて混沌とした一つの音と生る「乱声」があり、それが止むと神殿からの遷座が始まり「おお」という警蹕の声が響くという。そして乱声を奏していた音はこの時には道行の楽に変わっているということだ。
ここでもカオスからコスモスの移行があり、乱声で神を呼び、神は立ち現れ警蹕によって動き出すのである。
舞楽でも前奏曲で乱声という曲があり、いくつか種類があるようだが、ここでもランダムに音が出される。そして舞手が登場してきて、演目の舞が始まる頃には拍子が整ってくるという流れだ。おそらくおん祭の乱声もこんな感じなのではないだろうか。
長野県「新野の雪まつり」でも、いよいよ面形の神々が登場してくる前、「らんじょう、らんじょう」と大声を出しながら壁を棒で叩く「乱声」が行われる。早く出てこいと催促しているようだ。そしてこの時立ち上げられた大きな松明の先端に火が付けられるのである。
音楽的には舞楽が一番参考になるが、神楽でのお囃子のカオスからコスモスへの移行という演出は舞楽が元とは言いきれない、古くからの宇宙の創世、立ち現れる神々の感覚があるのかもしれない。
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追記:
先日見に行った島根の「大原神職神楽」のことを書いた第七号をおそらく読んだのだろうという方からメールが届いた。櫻井治男先生が恩師だそうである。託宣神事の伝承者の一人であるが、当日は小島美子先生たちへの解説役で出演しなかったという人で、いろいろ当日の状況について説明してくれた。
ひとつは「託宣神事」で唱えられた薬師如来の真言は本来のものではないそうである。「託宣神事は『祖師四々明印』や『不動使者陀羅尼秘密法』を基底とした儀礼です。神がかりの作法としては、送車輅印で「おん とろ
とろ うん」というのを使用します。」とのこと。
僕が日本青年館で行われた公演での神歌に物足りなさを感じたことについて書いていた点には、「また、神楽歌についてですが、実は、昭和35年当時の神楽の録音を基に昨年の幡屋神社の例大祭前夜祭で、氏子17名に練習させてかつての「かみうた」神楽を再現しました。」とのことでYouTubeにアップしてくれています。
https://www.youtube.com/watch?v=BRZctexGnUk
なるほど、本来はこうだったのか、と納得。素晴らしい。ちゃんと歌のことを気にして、きちんと伝承しようとしている人がいるということに感激するとともに安心しました。
三上 敏視/みかみ としみ
音楽家、神楽・伝承音楽研究家。1953年 愛知県半田市生まれ、武蔵野育ち。93年に別冊宝島EX「アイヌの本」を企画編集。95年より奉納即興演奏グループである細野晴臣&環太平洋モンゴロイドユニットに参加。
日本のルーツミュージックとネイティブカルチャーを探していて里神楽に出会い、その多彩さと深さに衝撃を受け、これを広く知ってもらいたいと01年9月に別 冊太陽『お神楽』としてまとめる。その後も辺境の神楽を中心にフィールドワークを続け、09年10月に単行本『神楽と出会う本』(アルテスパブリッシン グ)を出版、初の神楽ガイドブックとして各方面から注目を集める。神楽の国内外公演のコーディネイトも多い。映像を使って神楽を紹介する「神楽ビデオ ジョッキー」の活動も全国各地で行っている。現在は神楽太鼓の繊細で呪術的な響きを大切にしたモダンルーツ音楽を中心に多様な音楽を制作、ライブ活動も奉 納演奏からソロ、ユニット活動まで多岐にわたる。また気功音楽家として『気舞』『香功』などの作品もあり、気功・ヨガ愛好者にBGMとしてひろく使われて いる。多摩美術大学美術学部非常勤講師、同大芸術人類学研究所(鶴岡真弓所長)特別研究員。