「流れに流されて見える風景」vol.2

高嶋 敏展

 


ひょんなことから1977年に出版されたドキュメンタリー映画監督の姫田忠義の「ほんとうの自分を求めて」の復刻を計画し、実現するまでの凸凹話を書き進める。「3人よれば文殊の知恵」などと偉そうに言うのは簡単だが、現実は甘くない。

姫田忠義さんの事務所の押しかけ女房の今井千洋、出雲在住で独立独歩のデザイナー石川陽春、僕という不思議なトリオの挑戦は、劇的でもなんでもなく、何となく始まった。

僕には本を復刻する、というミッションは簡単に思えた。

本を新たに書き下ろすわけではない。本の著者も決して無名の新人ではない。また、書き上がった本だから編集もそんなに負担にはならないだろう、と安易に考えたのだが、これが大間違いだった。
ぶっちゃけて言えば、1977年初版の本を復刻するのにお金を出してくれる出版社など、この出版不況にはどこにも無いのだ。

ドキュメンタリー映画の巨匠、姫田忠義の幻の自叙伝だとしても状況は変わらない。また、日本の本の出版の仕組みでは出版社、流通、書店、それに倉庫会社などいくつもの中間手数料が発生する。それに返本や交換などの事務費用が本の制作とは別にはのしかかる。
正攻法ではとても本など作れない、と今井千洋は考えた。彼女は雑誌の編集者やデザイナーをやっていただけに、そこら辺の見極めは速かった。そこで今井千洋が考えたのは2000冊の本を予約が集まった時点で出版するという方法だった。

これは復刊ドットコム
http://www.fukkan.com/
から今井千洋が考えたアイディアだった。

僕らのチームにお金持ちは一人もいないし、お金持ちの友達も一人もいない状況では、この方法が唯一のように感じられた。何十年も活動して、何千、何万人という人と関わってきた著者と組織なんだから2000冊くらいすぐに集まるのではないかなと、これまた楽観的に考えた。
しかし、しかし!現実的には2000冊というハードルは極めて高かった。
僕らの友人、知人、姫田さんと関わりのある大学の先生など、400冊くらいの予約がやっとだった。(※そのうち100冊はある団体のまとめ買い)
本というものは手に取って買うもので、現物がないのに予約をする、しかもそれがいつ届くかわからないなら買い控える。
大学などにまとめ買いを交渉する作戦も考えたけれど、いつ出版するかわからない本を、そうそう大量に予約してくれるものではないようだ。
人間、苦境に立つといろいろな事を考える。
僕はNPOや市民活動をしている仲間が多くいる。彼らが共通して考えるテーマに「いかに人を活動に関わらせるか」というのがある。関わりが生まれれば、新しい可能性が生まれる、というのが昨今の市民活動の鉄則なんだそうな。

復刻にあたり、本をデジタルデータ化しないといけない。
今は優れたソフトがあるので本のページをスキャナーで読み取れば活字化できてしまう。もちろん、誤字脱字はあるのでチェックは必要だが、作業としてはかなり労力が少なくてすむ。だが、今回の復刻ではこのやり方を採用せず、一文字一文字を人間が紙を見ながら文字を入力した。この作業には姫田さんや今井千洋の友人、姫田作品のファンに呼びかけて入力作業をボランティアで手伝ってもらった。お礼は完成した本の贈呈と本の中に協力者として名前を載せる事。自分たちが関わった本なら、販売にも協力してくれるし口コミとしての広報力が違うんじゃないかな、と目論んだわけだ。手間隙を逆手にとって、もろもろの突破口にならないかと。

このプロジェクトを今井千洋は クリエ・ブックスの「タイプ部」と名付けワイワイやりながら人が集まれるサークルのようにした。東京中心の作業だったので、この「ワイワイ」を僕は見た事がないのが残念だ。今井千洋を中心にノートパソコンを姫田さんの事務所に持ちよったり、自宅で入力作業をしたり、さまざまな形で人が関わってくれた。現実的には漢字やルビの打ち間違い、改行のルールなどが統一しきれず、後の作業がかえって手間になり、このアイディアもそんなに優れたものではなかった。

しかし、今、完成した本を改めて眺めると、文字の一字一字の向こうに、姫田さんの言葉を伝えたかった「誰か」の情熱が浮かんで見える。原稿の行間を読め、という言葉は今や死語になってしまったけれど、人の心を動かすのは人の情熱だということを痛感した。姫田さんは自分の映像制作のプロダクションを立ち上げる時に「映像製作はそれ自体が目的ではない」と挨拶文で言い切った。僕も「ほんとうの自分を求めて」は本を復刻することが目的ではなく、その関わりの中に可能性を感じたのだと思う。

さて、本の入力作業が東京では進み、そのころ出雲ではデザインや装幀を検討していた。僕の座右の銘は「夢はかなう」ではなく「夢はさっさと叶えて次に行こうぜ!」だが、僕の意に反して、本の復刻作業はさらに混迷を深めていく。流れに流されて、怒濤の復刻プロジェクトは不本意ながらまだまだ続く。
 

 

※「ほんとうの自分を求めて」姫田忠義著/復刻版は、このウェブマガジンから注文をお受けしております。定価1620円のところ、1200円+送料で発送致します。ご希望の方は、earthfreegreen@gmail.comまで、ご連絡下さい。

 

 

 

高嶋 敏展/たかしま としのぶ

写真家、アートプランナー。1972年出雲市生まれ。1996年大阪芸術大学芸術計画学科卒業。

大 学在学中に阪神淡路大震災が発生。芦屋市ボランティア委員会に所属(写真記録部長)被災地の記録作業や被災者自身が撮影記録を行うプロジェクトを 企画。1995年~「被災者が観た阪神淡路大震災写真展」(全国30か所巡回)、芦屋市立美術博物館ほか主催の「震災から10年」、横浜トリエンナーレ 2005(参加)、2010年「阪神淡路大震災15周年特別企画展」、2012年「阪神大震災回顧展」など多くのプロジェクトに発展する。