岩手の御祝い

三上 敏視

 

 

 

伝承音楽研究所として次のテーマは岩手の「御(ご)祝い」という歌である。これはまだきっかけを掴んだ段階なので時間がかかるが取り上げてみたいテーマなのだ。

 

最初のきっかけは2007年に山梨県の白州で行われた田中泯さんの「ダンス白州」に早池峰岳流の石鳩岡神楽出演した時である。これが二回目の出演ということで泯さんも力を入れて森の中に舞台を設営、石鳩岡神楽も素晴らしい神楽を見せてくれたのだが、最後に観客の拍手に応えて神楽衆一同が並んで手拍子を打ちながら歌を歌ったのである。これが「御祝い」で、神楽宿で神楽が終わった後の直会で宿に対するお礼の意味を込めて歌うものらしい。また、神楽衆だけでの宴席でも「御祝い」が出ると中〆に入るというきっかけの歌でもあるらしい。だから、普通に神社などで奉納された神楽を見た場合、観客はこの歌を聞くことはめったにないのである。

 

翌年、韓国の晋州仮面劇フェスティバルに石鳩岡神楽に出演してもらったのだが、この時の日中韓の出演者が揃った打ち上げの宴席でもこの「御祝い」を歌ってもらった。これが二回目に聞く機会となったのだが、ただの「祝い歌」ではなく、根底に強い信仰心を感じる奉納性の強い歌だと感じた。

 

また宮古を拠点とする黒森神楽も同様に「御祝い」を持ち、今年は門付けの時や直会に混ぜてもらった時に聞くことが出来た。石鳩岡神楽より複雑な手拍子で、変拍子のようであり、一度聞いただけではとてもではないが覚えられない。歌われる歌は神歌のようだが、「御祝い用」では50くらいの歌の中から音頭取りが上の句を歌い始めると一同がそのあと一緒に歌うというスタイルである。実際には「御祝い」で歌われる歌はいくつかの歌に固まってきているようだが、これも覚えなければならないわけだ。そして、黒森神楽で興味深かったのは歌の最後に「面白や」と付け加えることである。これは愛知県、奥三河の花祭でも(ここではうたぐらと呼ぶ)神歌の最後に「面白や」あるいは「おもしろ」をつける。神歌も共通するものがあるようだ。

 

Photo. Toshimi Mikami
Photo. Toshimi Mikami

そして、9月に花巻市東和町、駒形神社に見に行った石鳩岡神楽の直会の時に「御祝い」をお願いしたのだが、「神楽の御祝い」と「地区の御祝い」というものがあるということで、両方を歌ってくれた。「地区の御祝い」はどこかで祝い事があった時に歌われるもので「神楽の御祝い」とは区別している。ということは「御祝い文化」というものがあるとすると、神楽だけでなく、地域の共同体も持つ文化ということになる。他のところでは民謡も御祝いに加わるという話も聞いた。

 

僧侶の「声明」とか「木遣」とか、大勢で斉唱する歌は日本にないことはないが、多い少ないで言うと少ないのではないだろうか。直会などの宴席で酒が入り気持ち良くなったところで出てくる「御祝い」はとても素晴らしいものである。どこまで調査できるか、まだ予定も立たない段階であるが、「もっと知りたい」と思う「これまで知らなかった日本の古謡」のひとつだと考えている。

Photo. Toshimi Mikami
Photo. Toshimi Mikami

 

 

 

三上 敏視/みかみ としみ

音楽家、神楽・伝承音楽研究家。1953年 愛知県半田市生まれ、武蔵野育ち。93年に別冊宝島EX「アイヌの本」を企画編集。95年より奉納即興演奏グループである細野晴臣&環太平洋モンゴロイドユニットに参加。

日本のルーツミュージックとネイティブカルチャーを探していて里神楽に出会い、その多彩さと深さに衝撃を受け、これを広く知ってもらいたいと01年9月に別冊太陽『お神楽』としてまとめる。その後も辺境の神楽を中心にフィールドワークを続け、09年10月に単行本『神楽と出会う本』(アルテスパブリッシング)を出版、初の神楽ガイドブックとして各方面から注目を集める。神楽の国内外公演のコーディネイトも多い。映像を使って神楽を紹介する「神楽ビデオジョッキー」の活動も全国各地で行っている。現在は神楽太鼓の繊細で呪術的な響きを大切にしたモダンルーツ音楽を中心に多様な音楽を制作、ライブ活動も奉納演奏からソロ、ユニット活動まで多岐にわたる。また気功音楽家として『気舞』『香功』などの作品もあり、気功・ヨガ愛好者にBGMとしてひろく使われている。多摩美術大学美術学部非常勤講師、同大芸術人類学研究所(鶴岡真弓所長)特別研究員。