神楽と疫病

三上敏視

 

 

九州山間部、中国地方山間部、三遠南信地域などに存在する、げんざいも古式が残る、冬至祭りが起源と考えられる鎮魂祭系の神楽は当然冬場に行われる。冬は農閑期でもあり、丁寧な祭りをするのにふさわしい時期でもあった。

夏は農繁期なので丁寧な祭りをする余裕がなかったろうから、日本では夏至祭りの数はきわめて少ない。そして昔の人々にとっては冬を越すよりも夏を越すほうが命がけだっただろう。

夏場には干魃、飢饉もあれば洪水もあり、台風があり、そして食中毒の危険や疫病もあった。だから神楽ではなく、臨時の祭りは行われていただろう。今も夏の祭りは怨霊とか疫病などの退散祈願のものが多いし、6月の「夏越の大祓」の茅の輪くぐりは一年の前半の穢れを浄めて災厄を祓う「厄落とし」や「家内安全」ための神事と説明されているが、「夏越」という名前がついていることで夏を越すことが大変だったことがわかる。そしてその元となったと言われる蘇民将来の説話には疫神の素戔嗚命が関係しているから疫病をもっとも恐れていたのだ。

コロナ禍のこの夏は疫病退散系の祭りも中止になったところが多く、「それでは祭りの効果がないことを白状しているようなものではないか」という批判もあったが、それは祭りを知らない人の単なる感想で、実際の祭りの中心である呪術的神事は行われたはずである。いわゆるお祭り騒ぎのような風流的な部分を止めただけである。

 

さて、神楽の中でも疫病が流行って祭りをしたら収まったからその御礼として神楽を始めた、また疫病退散を祈願して始めた、という神楽がいくつかある。ウィルスによる疫病が流行った時に「密」になって集まって疫病退散の呪文を唱えたりしていたのなら今の常識ではNGだが、当時の人々の死生観と免疫力は現代の我々とは違っていたから、新しいウィルスには無力としても病原体に対するある程度の集団免疫が出来たかもしれない。

 

神楽の演目の中で具体的に疫病退散を意味するものはあまり多くないが、「恵みを与えてくれるが災いももたらす」という「鬼」と「神」の両義性を持った「鬼神」「荒神」は重要な存在として現れる神楽が、特に古式が残る祭りに多いのでそこに含まれるのかもしれない。

宮崎県諸塚村の南川神楽、戸下神楽では珍しく「牛頭天」という疫神の演目がある。牛頭天王はスサノオとも習合しているが、疫病をもたらす存在と疫病を祓う存在の、ここでも両義性が見られる。舞は直面の四人舞で牛頭天が面形で出てくるわけではない。舞っているうちに「歳の神」と呼ばれるキャラクターが大きな男根を付けて出てくる。これは毎年工夫をこらして何人も登場、笑いを呼んで盛り上がる演目だが、これには牛頭天が舞うことによって疫病がなくなったから安心して子作りに励める、という解釈があるのだ。

 

諸塚南川神楽「牛頭天と歳の神」
諸塚南川神楽「牛頭天と歳の神」

また性格は違うが岩手の大乗神楽は寺の大乗会で奉納されていたので仏教色、修験色が早池峰神楽より強い神楽で「薬師舞」という面形の舞があり、4月あたりは大乗神楽の各団体が無観客で臨時の祭りをして薬師舞を奉納した。

また、牛頭天王、素戔嗚尊を祭神とする神社を本拠とする神楽が祈祷の権現舞(獅子舞)を奉納したり、同時に各地で獅子舞を舞ったりもした。

岩手の神楽は芸能色が強いが、以前も書いたように神楽衆の宗教芸能者としての自覚が強いので、人々の強い信仰心と共にあり、安心して芸能を楽しめるのである。そして現時点(718)でひとりも感染者が出ていないのが岩手県である。 

 

和賀大乗神楽 https://www.youtube.com/watch?v=Z854At7Yn44

村崎野大乗神楽 https://www.youtube.com/watch?v=r1q-b5cdkHc

宿大乗神楽 https://www.youtube.com/watch?v=uORk5zmZHDc

 

「神楽と疫病」ということで思いついたことを書き連ねてきたが、少し個人的なことを。

実は神楽をフィールドワークして20年、自分なりの神楽の解釈をまとめて本にしたいという原稿をほぼ書き上げていたのだが、話をもらって企画が進んでいた出版社の事情でそれが立ち消え、鎌田東二さんにも別の出版社を紹介していただいたのだが、話は進展していなかった。

とても残念な思いをしていたところのこのコロナ騒ぎ。「そうか、このコロナのことを書くことが出来るじゃないか!!」と気がついた。災い転じて福とは言えないが良、くらいだろうか、ここでも両義の転換が起きたわけで、これからの神楽がどうなるのかを確認して書き足していきたいと思っている。

 

せめて本来の「共同体の祭り」として部外者は入れず静かに行われてほしいと願っているが、都会に出た出身者が戻らないと出来ない神楽も多いので、難しいところだろう。観光神楽は別として、神楽はもともと存続が難しいところが多かったので、この機会に災い転じさせて新しい神楽催行のシステムを考える動きが起きることを信じているし、応援したい。

 

 

 

三上 敏視/みかみ としみ

音楽家、神楽・伝承音楽研究家。1953年 愛知県半田市生まれ、武蔵野育ち。93年に別冊宝島EX「アイヌの本」を企画編集。95年より奉納即興演奏グループである細野晴臣&環太平洋モンゴロイドユニットに参加。

日 本のルーツミュージックとネイティブカルチャーを探していて里神楽に出会い、その多彩さと深さに衝撃を受け、これを広く知ってもらいたいと01年9月に別 冊太陽『お神楽』としてまとめる。その後も辺境の神楽を中心にフィールドワークを続け、09年10月に単行本『神楽と出会う本』(アルテスパブリッシン グ)を出版、初の神楽ガイドブックとして各方面から注目を集める。神楽の国内外公演のコーディネイトも多い。映像を使って神楽を紹介する「神楽ビデオ ジョッキー」の活動も全国各地で行っている。現在は神楽太鼓の繊細で呪術的な響きを大切にしたモダンルーツ音楽を中心に多様な音楽を制作、ライブ活動も奉 納演奏からソロ、ユニット活動まで多岐にわたる。また気功音楽家として『気舞』『香功』などの作品もあり、気功・ヨガ愛好者にBGMとしてひろく使われて いる。多摩美術大学美術学部非常勤講師。