「海民」シンポジウム 企画趣旨

大重潤一郎

 

 

 

水の惑星と称せられる地球は、その七割りが海で占められています。そして万物の生命の源である海は、今も永劫に変わることなく、海のみならず、陸の同息物の生態系をも支え続けています。中でも海流と季節風は、人類の営為をその当初から演出し続けてきました。

 

しかしながら、何故か海は、そのあまりの巨きさゆえにか、陸ほどに語られてはきていません。

あえて坊津を例として考えた場合でも、その歴史のほとんどが、海と共に歩んできたにもかかわらず、陸の歴史に規定されがちであったからなのでしょう。

 

遣唐使船・遣明船・倭冠・密貿易等々、歴史上のこれらの事象は、陸の土地支配に立脚する、時の権力の利益独占策の産物に他なりません。

本来、海に国境などありませんでした。

魚や鳥や蝶が自由に往来するように、人間もそうしてきました。

 

陸の論理の負荷がかかった時にも、皮肉にも海の歴史が浮上してきています。

そうしたなか、陸の規制を受けながらも、海を舞台とした活動ー交易は太古から続けられてきていました。

 

日本に流れる海の河、黒潮は、変わることなく私たちの暮らしを潤し続けています。この河 黒潮は、日本の利根川の水量の1500万倍、世界最大のアマゾンの200万倍という、巨大な潮の流れを持っています。

現在、坊津を支える鰹は、バンダ海・セレベス海を繁殖場として、黒潮に乗ってやってきます。

この流れは、日本文化の基層となる、秘密結社的母系制・漁労根栽文化をもらたしました。

 

黒潮は、自ら7〜8ノットの速さをもって流れています。

この流れに乗ると、中国舟山列島とは目と鼻の先ともいえます。

日本文化の中層を成す、照葉樹林文化が伝わってきたのも、この黒潮の技でした。

その後、日本国家形成の礎となった 稲作を始めとする弥生文化も、黒潮が運んできました。呉越の戦いと滅亡。それによって生じたポートピューピルが 舟山列島から九州西岸に流れ着き、技術を伝え、それが国家形成の下地となったのです。

 

中世、中国泉州は、西のアレキサンドリアとならび、世界二大貿易港として世界と繋がっていました。私たちの祖先は黒潮とモンスーンをあやつりながら、東シナ海を内海として様々な交渉を展開しています。

坊津は古来海外との接点として、日本のセンサーとも言うべき役割を担い続けてきました。

 

黒船の来航によって、日本の海外交渉の座標軸は一変します。

以来、近代日本ー明治から現在まで、ひたすら西欧一辺倒で走ってきました。とりわけ鹿児島においては、歴史は専ら明治維新中心に語られています。明治以降百有余年に対する、数千年・数万年の海外との交渉史は、中国・琉球との関係を始めとして、置き去りにされてきています。

しかし、坊津では 今も鰹漁によって、太古からの伝統は営々と受け継がれています…。

 

今、世界は中世の再来をも思わせる時代を迎えています。

衛星による情報化社会が国境を取払い、ボーダレス時代の到来を告げています。日本もそうした国際化の中EC統合、米・加連合の世界経済のブロック化をにらみ、東アジアに改めて目を向け、運命共同体的な道を模索し始めています。

しかしながら、東アジア諸国の反応は、日本と必ずしもしっくりいっていません。

 

数千年・数万年と、東・南シナ海を通して 交流の絆を結んできた原質はなんであったか。このテーマほど、今日本において潜在的に重要な課題はないかもしれません。

そこで、日本のセンサーとして永く活躍してきた坊津の 心と知恵が生かされるべきと痛感しています。

その行動として、まず 諸外国との交渉史を各国語版で相手国に知ってもらう映画「海民」が考えられます。これは観光映画『坊津』と同時に国内にも向けられます。

これらは、これからの東アジア時代に向けて 坊津に根付かなくてはならないものです。一部ゲストを招くことはあっても、坊津町・地元有志によって実施するべきと考えます。なぜなら、それは坊津の新たな伝統ー財産とすべきものですから。

 

 

常にグローバルな視点から 全体像をつかむ必要があると考えます。そして、海と 海に生きた「海民」を主役に据えて、風土と生命の永劫不変の関係性を根にしながら、陸との関係を見てゆかねばなりません。

 

陸での出来事に事大主義になったり、或は科学的実証のみに終始することも、質の本質から遠ざかることになります。あくまで、自らたちの命を見つめ、海民の営為を掘り起こし、見出してゆくことです。足りないところはイメージ力で補うのです。

 

最後に、先日 坊津に近づく車中から、ふと眼にした寺の掲示板の一節を記します。

 

「祖先を思う心に我が命の深さを味わう」

 

この企画は つまるところ、坊津の人々 或は坊津を故郷とする人々自身のことかもしれません。

 

 

観光映画「坊津」 15分 予算未定

映画  「海民」 50分 予算未定

「海民」シンポジウム 2日間 時期未定

 

 

 

原文筆記時期 不明

書き起こし 高橋あい

 

大重 潤一郎/おおしげ じゅんいちろう

映画監督・元沖縄映像文化研究所所長、NPO法人東京自由大学前副理事長。
山本薩夫監督の助監督を経て、1970年「黒神」で監督第一作。以後、自然や伝統文化をテーマとし、現在は2002年から12年の歳月をかけ黒潮の流れを見つめながら沖縄県久高島の暮らしと祭祀の記録映画「久高オデッセイ」全三章を制作。2015年7月完成。同年7月22日永眠。久高オデッセイ風章ホームページ