<美大生、ベンガルの村で嫁入り修行!>

                                 彩

 

 

 

4.美大生、小さな巨匠たちに出逢う

 

 

ある日、私はスケッチブックを持って、少し遠くまでぶらぶら絵を描きに行ってみることにした。照りつける太陽と真っ青な空のもと、大きな麦わら帽子を頭に乗せ出発した。

 

私がインドを訪れたのは、ちょうど田植えの時期。ガムチャという布を頭に巻き、テキパキと田植えに勤しむ女たち。青々とした苗の中に、赤やオレンジのガムチャがよく映える。バルビゾン派の絵に入り込んでしまったみたい。せっせと筆を走らせていると、一人のオッチャンが興味津々で私のスケッチを観察しているのに気付いた。だんだん一人、また一人とギャラリーが増えてゆく。

 

 「おい、ねえちゃん。何やってるんだい?」

 

 「どっから来たの?」

 

 「名前はなんてんだい?」

 

 「他の絵も見せておくれよ!」

 

気づけば、あれよあれよと黒山の人だかりが出来ていた。そのうち

 

 「オレのことも描いてくれ!」

 

 「オレの方が先だ!」

 

 「いや、オレの方がハンサムだから、先に描くべきだ!」

 

の大合唱。面白がって近所の子供も集まって来るものだから、どうにも収拾がつかなくなってしまった。数人の似顔絵を描き、今日はひとまず退散!

 

「私、もう帰らなくっちゃ!アバール!(またね!)」

 

家に帰ると、パルパティーやドゥリー、そして姉妹よりもっと年下の近所の子供たちが遊びに来ていた。そう言えば、インドの子供たちって一体どんな絵を描くんだろう?気になった私は、

 

「ねぇ、この紙に好きな絵を描いてみてくれない?」と頼んでみた。

 

「えーいいや」とシブる子供たち。

 

「よーし分かった。じゃあ私は好きに描いてるから、やりたい子は一緒にお絵描きして遊ぼう!」

 

そう言って大きなスケッチブックを床に広げ、ありったけの色鉛筆とクレヨン、絵の具を地面にばらまいてみた。黄土色一色だった地面に、鮮やかな色彩がちりばめられる。

 

 「うわぁぁぁぁ!!!」

 

子供たちの目が一気にキラキラ輝いた。

 

よし!作戦成功!私が描きはじめるより先に、一番おちびのモナが水色のクレヨンをガシッとつかんだ。次々と好きな色を選んで、真っ白の画面に飛び込んでゆく子供たち。構図やバランスなんて考えずにわーっと自分の世界に入っていったその姿に、思わずグッときてしまった。多分こんなに多くの画材を使った事は今までなかったのだろう。私は、そんな夢中になっている子供たちの姿を盗み見スケッチ。しばらくして彼らの頭上からスケッチブックを覗いて、びっくり仰天した。

 

「わぁ!めちゃくちゃ素敵じゃーん!」

 

「えっへん」

 

褒められて得意顔の子供たち。彼らの作品は、私の想像をはるかに越えて素晴らしかった。赤や黄色や緑の原色を思いっきりぶつけてくる小気味良さ。すごい!みんなが見えている世界がそのまま表れているんだ!茶色の色鉛筆で塗られた肌の女の子。目のまわりは黒でぐるっと囲まれ、額には真っ赤なティカ。髪の分け目には、既婚の女性を表す赤い粉が描かれていた。お家の絵もまた、鮮やかで可愛らしい!村をはじめ、この地域の家の多くは土壁に、スカイブルーのペイントがされている。私はこの色がすごく特徴的で好きだった。ころっとしたフォルムで、水色の家々がうまーく表現されている。屋根の上には黄色くて大きな鳥が一羽。魚や木々、草花、色々な動物たち。君たちは豊かな自然に囲まれて育っているんだね!となんだか嬉しくなってしまった。

 

その中でも特に私がかっこいいな、と思ったのは、いちばん年下のモナの絵だ。色をふんだんに使い、ぐるぐる描かれたその絵は、インドの強い光を表しているかのようだった。素直に、思いのままをはきだす天才。ママにも絵を描いてもらったんだけど、これがまた傑作だった。私の故郷、日本ではあり得ない色使いと形は、この国独特の風土が生んでいるんだなと感心しきりであった。

 

 

 

5.    ウザイ動物、食べる動物、愛でる動物、神聖な動物、労働力としての動物


一度でもインド国内に足を踏み入れたことのある方は、きっとお分りになるだろう。都会だろうと田舎だろうと、ここでは人間と同じか、それ以上に動物たちが大きな顔で道を闊歩している。特に目につくのは面長でうす茶色の、のら犬達だ。視界の中に常に10匹はのら犬が居るんじゃないかと思うほど。病気を持っていたらいけないし、第一めちゃくちゃ汚いし、遠ざけようとするのだけど、どんどん寄って来て私の皿からカレーを盗もうとしたり、顔をなめてきたりする。動物好きな私でも、もはや全然かわいいなんて思えない。とにかくウザイのだ!!群れでコルカタの商売人よろしく凄まじいしつこさで追いかけて来る。現地の人は無情にも、石やブロックやレンガを思いっきり投げつけて追い払っていた。ある朝起きると、なにやら土間が騒がしい。何事かと思って行ってみると、生後間もない子犬が泡を吹き、瀕死の状態でかまどの中に突っ込まれているところだった。

 

「え!ママ!その犬どうしたの!?」

 

「あら、アヤおはよう。こいつはショコムニのパンツを食べた悪い犬なのよ、だから懲らしめてやったわ!」と、レンガブロック片手に得意顔のママ。

 

日本では、ペットショップで100万円くらいの犬を売っている。シャンプーやトリミングもするし、服も着る。

 

私はその子犬が完全に息を引き取るまで手を合わせてじっと眺めているしかなかった。

 

 

子犬事件はさておき、動物を殺すなんてかわいそう!と、ここではそんな、なまっちょろい事は言っていられない。村のみんなが生きるため、食べるために必要な事なのだ。サンタル族はヒンドゥー教徒ではないので、宗教的な食のタブーは無い。基本はどんな肉でも食べられる。(犬は食べないよ!) スパイスたっぷりの焼き鳥や、脂ののったカモ肉のカレーに、ボリューミィな牛肉のカレー。

 

ある晩コマルさんに

 

 「アヤ、明日はダングラジール(牛肉カレー)にしようと思うんだけど、一緒に買いに行くかい?(お会計はよろしく!)」と誘われた。

 

 「いいのー?行きたい行きたい!!」

 

 「分かった。じゃあ明日の朝、3時にね。おやすみ」

 

 「(午前3!?) ティカチェ、おやすみ」

 

翌早朝、日の出前。私はコマルさんの原付の後ろに乗り、牛肉を求めて出発した。蛍がチラチラ見え隠れする。まだ活発な野生の獣の気配の残る時間。牛飼いが牛を移動させる頃。頬に当たる風が冷たい。1時間以上走っただろうか、建物の奥まった所に、男達が数人集まっていた。解体所だ。2頭の巨大な白い牛の解体作業真っ只中。あざやかな手さばきに思わず見入ってしまう。大の男3人でやっとこさ持ち上がるような内臓が次々と細かくされてゆく。私は小笠原で漁師の手伝いをして、ウミガメの解体をやっていた頃を思い出した。まだ温かい一抱えの肉を買い、帰る頃にはすっかり朝日が昇っていた。牛は美味しいし、労働力になるし、フンは資源になる、なくてはならない最強の家畜だ。ただ村人は何故か牛乳を飲まないし、従って乳製品とも無縁だった。逆に鶏は卵を取るため、どの家でも飼っている。なので食用の鶏は別で買って来るのだった。一方で、カモとヤギは愛玩用ペットとして飼われている。小鳥をつかまえて籠で飼っているご近所さんもいた。ヤギは祭りの生贄や、贈りものとして扱われていた。ちなみに、ペットに名前を付ける習慣はないけれど、ヤギはサンタル語でメロンって言うんだ。うふふ。おいで〜、メロン!なんてね。

 

 

最後に、私が間一髪で交通事故をまぬがれた話をしよう。こんな動物天国なインドにおいて、私が見た中で最も威厳があり、美しい動物は、水牛だった。普通の牛より大きく筋肉質で、立派なツノを持っている。主に荷物運搬と畑を耕すに為に使われていた。ある日道で自転車を飛ばしていた時、これまた特別にマッチョな水牛とすれ違った事がある。私が

 

「あ!ダングラ()だー!」と指をさして言ったら、水牛引きのターバンオヤジに

「これはダングラではなーーい!!水牛だ!」 

と、叱られてしまった。先頭の一頭の後には、水牛の群れが列をなして続いていた。群れの横を通り過ぎようとした瞬間、一頭が私に気づき、目の色変えて突進してきた!他の水牛も身をひるがえして向かってくる。ツノが腕をかすり、あわや大惨事ーー!と思った直後、水牛達は急におとなしくなり、のそのそ列に戻っていった。あれは何だったのだろう。やはり水牛たるもの、うしなんて呼ばれるのは屈辱的なんだろうか。彼らのプライドと、寸止めという器の大きさを見た気がした。

 

 

6.サンタルの宴

刺激的な日々は飛ぶように過ぎて行った。光陰矢の如し。リコはそろそろ日本に帰らなければならなかった。なのでソムナットと相談して、彼の家でお別れの宴を催すことにしたのだ。

 

宴当日の昼。私はソムナット自慢のバイクの後ろに乗せてもらい、ドロントラと言うマーケットまで買い出しのお手伝いに出掛けた。この頃からカオリさんはインドの他の都市で仕事があったため、村にいる日本人は私とリコのみ。

 

私はまだまだ村に残るので、盛大に見送るつもりだった。ブルルンブルルン!右足で軽快にエンジンをかける。ソムナットの広い背中にぴったりくっ付いて、いざ出発〜!どこまでも続くような田園風景の中、風を切って走る。ソムナットのインド節な鼻歌に私が相の手を入れる。線路をまたぎ、トンネルを超え、大分村から離れると開けた大通りにでた。プーップー!突然後ろからのクラクション。追い越してきたのは、あふれんばかりの人を積んだバスだった!ドアや窓からは落っこちそうな人が必死に掴まっていたし、屋根の上に乗った沢山の人々は、歌ったり小さな太鼓を叩いたり、ドンチャン騒ぎだ。明らかに重量オーバーのそのバスは、ゆらーりゆらーり揺れながらも、かなりのスピードで走り過ぎていった。

 

 
そうこうしている内にマーケットに到着。向けられる奇異の目もなんのその。「ねぇちゃん!どっから来たの?ウチの商品はいいぞ〜」
なんて客引きも、ソムナットが上手くかわしてくれる。何度かソムナットと2人お出かけする機会があったんだけど、実に頼りになる男なのだ。野菜やマスタードオイル、それからもちろん生け捕りにされた真っ白いニワトリを買い、任務完了。
帰りにソムナットの床屋に付き合い、また長い道のりを延々と帰った。大きな大きな太陽が、やわらかく暖かい光を放ちながら地平線に吸い込まれてゆく。今日という日を生きた、全ての命を照らしながら。


「あら、アヤ。買い出しご苦労さん。これから宴の準備をしなくちゃね」
とバサンティが出迎えてくれた。バサンティはソムナットの奥さんだ。すんごく美人で気さくなバサンティ。多分私と大して歳は変らないのだろうけど、ムースミと言う可愛らしい赤ちゃんがいる。その柔和な話し方からか、彼女はいつも不思議と私に安心感を与えてくれた。

 

宴の準備は滞りなく進み、ソムナットの家には馴染みの顔が集まって来た。着いた人から順々に、スパイスのピリッと利いた鳥肉をつまみはじめる。ここの地酒はハリヤーと呼ばれる濁酒だ。このスパイシーな肉が酒の肴にピッタリなんだなぁ。そのうちに荷造りを終えたリコもやって来た。もう頭上にはいく千もの星が輝き、少し肌寒い風が吹いている。パティオ(ゴザ)を敷いて満天の星空のもと、みんなで食べるご飯は、どんな高級レストランより贅沢だ。私も村人もみーんな裸足。周りで聞こえる異国の言葉。

 

 「今日もお疲れ様!○○さんちの田植えはけっこう進んだのね〜」

 

 「この飯はうまいなー。うますぎて食べ過ぎちゃうよ。アハハ」

 


スッと耳に入って来て心地良い。なんなんだろう異国にぽつんといるハズなのに、なぜか落ちつくこの感じ私はシアラ村に来てからというもの、何度も懐かしい感覚に陥り、不思議に思っていた。家族や親戚、ご近所で助け合い、日々を丁寧に生きているサンタル族の人々。つつましやかでアットホームな彼らの生活に、昔の日本を想像し、重ねて見ているからかもしれなかった。

 

さて、ほとんど食事もすんだ頃、誰からともなく笛や太鼓の祭りばやしが始まった。ソロソティープジャのバカ騒ぎとは違い、彼らの血の中に流れるリズムがゆっくりゆっくり流れ出て来る。ひたすら繰り返す太鼓のリズムに、笛のふるえるようなメロディーが加わり、それに女達が歌をかぶせてゆく。一気に、いにしえの世界へとワープする。

 

 「アヤ!エネー!!(踊りなよー!!)」とソムナット。

 

 「え〜!こんな音楽聞いたことないよ!どういたらいいの??」

 

「だ〜いじょうぶ、マイノーが手をつないで踊ってくれるから!」
異国情緒たっぷりの音楽に合わせ、中庭の中心には、手を繋いだ女性たちの輪が出来てきた。その輪のままステップをふんで、回りながら踊るのだ。

 

 「うわぁ、マイノ〜。思ったより難しいよ」

 

 「うふふ。不器用なアヤ。ホラ、こうよ。左、左、右〜」

 

足がこんがらがって、輪の和を乱しつつ、見よう見まねで踊る私。ヘンテコ踊りしか出来ないけれど、なんだろう、このワクワクは!ぎゅっと手を繋いだマイノーが、にっこり頷いてくれた。女の輪のまわりには、大小様々な太鼓や笛を持った男たちがぐるぐるまわり、近付いたり離れたり。男がぐっと顔を近付けて太鼓を打ち鳴らすと、女はちょっと照れながら、プイッとそっぽを向いて踊りを続ける。わたし、今インドの秘境でサンタル族と手に手を取って踊ってるんだ!  

 

サンタル式音楽のプレゼントのお返しに、私とリコは歌を送ることにした。曲はウルフルズの『バンザイ〜好きでよかった〜』実は数日前から打ち合わせして仕込んでいたのだ。リコがギターを弾き、2人でハモってみる。歌い終わった時のみんなの笑顔と拍手。これはきっと成功ね!こんなに素敵な夜だもの、この日の事は一生忘れない。インドにも、日本にも最高の友達が出来て、私は世界一幸せ者だった。

 

 「おやすみー。また明日ね」

 

 「歌よかったよ。おやすみ」

 

  徐々に人々が帰ってゆく。後にはソムナットとソーメンだけが残った。

 

 「ソーメンは帰らないの?」

 

 「ウン。もうちょっとゆっくりしていこうよ。ソムナットに頼んでパタポラでもう一杯といこうか」

 

 「パタポラ?」

 

 「まぁ見てなって」

 

ソーメンはソムナットとなにやら話し、ソムナットが大きな葉っぱを持って来た。先程の鶏肉の余ったモツを大きな葉でつつみ、たき火をおこす。パタポラとは、どうやらモツの蒸し焼きの事らしい。さっきまでのドンチャン騒ぎとは打って変わって、火のパチパチという音と、風の音しか聞こえなくなった。炎を囲んで地べたに座る。土がひんやりとつめたい。見上げると、炎が満天の星空にゆらゆらと立ちのぼっていく。お腹と心が満たされながら、宴はゆっくりと幕を閉じた。

 

                                 つづく

 

 

 

彩/AYA

東京生まれ、幼少期をフランスのパリで過ごす。祖父が台湾人。3歳の時に画家になる事を決意。東京都立総合芸術高等学校日本画専攻卒。現在多摩美術大学日本画専攻学部在籍。旅とアートを愛する画学生。学生作家として精力的に活動中。特技は指笛と水泳。象使いの免許保持者。時にふらりと冒険に出ることも。HP→http://chacha-portfolio.weebly.com