神楽と縄文2

三上 敏視

 

 

 

本川神楽「やたの舞」
本川神楽「やたの舞」

 

今回は縄文時代後期から行われていたと考えられている焼畑文化と神楽について考えてみたい。

日本は稲作文化が基本だとよく言われる。たしかに米によって人口は増え、文化は発達したが宮崎県ではまた焼畑が行われているし、知られていないだけで本州でもまだ行っているところはあるようだ。

神楽は現在、氏神の神社の祭礼で、あるいは祭礼として行われていて、新嘗祭の影響も大きいと思うが、神に捧げる神饌は米と米から作った御神酒が最も重要とされている。
米が十分に取れなかった時代のことは分からないが、今では東北地方の早池峰神楽や黒森神楽、大乗神楽などでは山の神や山の神的な神が舞の途中で米を撒いたりする。
また祭りの途中で餅が撒かれることも多い。

このように神社との関係が深い神楽では米が重要な存在であることは当然のことになるのだが、神楽の中には米以外の穀物を使うところもある。
その代表的な神楽が土佐の神楽のひとつ、本川神楽である。
本川神楽は現在いの町に入っているがかつては本川村というひとつの村だった。そしてそこには田んぼが一枚もなかったのである。ここでは元文二年(1737)には神楽が行われていた記録があるが、それより前の大永三年(1523)には伝えられていたようだ。そしてそれは伊勢神道、摩利支天、諸真言、護身法、祭文など、380点余りの祈祷文書だったらしい。伊勢神道であれば米の要素も持ち込まれたのではないかと思うが、米の要素はここでは御神酒以外には見られないのである。

最初の方の儀式的な演目として「初穂寄せ」という収穫感謝の性格のある演目がある。よくお祭りの祝儀袋に「お初穂」と書き、それは新嘗につながる事なのだが、ここで使われるのは米ではなく、焼畑作物であった稗である。そして、「やた(八幡)の舞」という舞があり、ここでは小豆のところと大豆のところがあるが、舞手が豆を激しく周りに投げつけるのである。村人は豆が体に当たると痛いけれども、これで無病息災になると信じ、また撒かれた豆はよく育つということで演目が終わったあとにみな、競うように豆を拾い集めて家に持ち帰るのである。

そしてまた途中に出てくる黒い面は「木こり」と呼ばれ、村人にからかわれたり逆に村人にちょっかいを出したりする。そして太鼓の胴取りと問答になるのだが、この時は山の樹木の名前を「一にいららぎ」「二ににがき」などと、十種類答えるのである。ただ、簡単に答えず「一…いもむし」とか「二…逃げた」とかボケた返答をして村人を笑わせる。

この神楽からは水田稲作の雰囲気は感じられず、焼畑を中心に山で生活をしてきた縄文的な山人の文化の香りを感じるのだ。おそらく縄文以降は古代では炭焼き、そのあとは楮や三叉などの栽培も重要だったのだと思うが。かつては製鉄に必要な炭を作るということは最先端のエネルギー産業であり、それが大陸から渡来した文化とは言っても、山を熟知した縄文系の人々がそれを担うようになったと考えても不思議ではないのではないだろうか。

また、奥三河の花祭では夜中に山から現れたとされる「榊鬼」が湯立のかまどや焚き火の火を鉞でハネる所作をするところがあり、これには焼畑の火入れでの火をコントロールする所作が残っているという解釈もある。

宮崎では椎葉や米良の神楽では猪が祭壇に捧げられたり、肉を切って配ったりとか式次第の中に含まれる神楽がある。これは山人の狩猟文化の要素が残っているものであり、縄文とも繋がるだろう。銀鏡神楽や村所神楽では「ししとぎり」という猪猟を演じる狂言もある。
銀鏡では神楽の翌日に河原で「ししば祭り」という神事があり、これは河原に御幣を立て、猪の肉を切って焼き、収穫に感謝する。
東米良の中之又神楽では「鹿倉(かくら)舞」という舞があり、鹿倉様という神もいて、これは鹿漁文化が元になっていると考えられている。

このように神楽には縄文から繋がると考えられる焼畑や狩猟などの山人文化が見られるのである。

本川神楽「初穂よせ」
本川神楽「初穂よせ」
銀鏡神楽「用意されたオニエ(猪頭)」
銀鏡神楽「用意されたオニエ(猪頭)」

 

 

 

三上 敏視/みかみ としみ

音楽家、神楽・伝承音楽研究家。1953年 愛知県半田市生まれ、武蔵野育ち。93年に別冊宝島EX「アイヌの本」を企画編集。95年より奉納即興演奏グループである細野晴臣&環太平洋モンゴロイドユニットに参加。

日 本のルーツミュージックとネイティブカルチャーを探していて里神楽に出会い、その多彩さと深さに衝撃を受け、これを広く知ってもらいたいと01年9月に別 冊太陽『お神楽』としてまとめる。その後も辺境の神楽を中心にフィールドワークを続け、09年10月に単行本『神楽と出会う本』(アルテスパブリッシン グ)を出版、初の神楽ガイドブックとして各方面から注目を集める。神楽の国内外公演のコーディネイトも多い。映像を使って神楽を紹介する「神楽ビデオ ジョッキー」の活動も全国各地で行っている。現在は神楽太鼓の繊細で呪術的な響きを大切にしたモダンルーツ音楽を中心に多様な音楽を制作、ライブ活動も奉 納演奏からソロ、ユニット活動まで多岐にわたる。また気功音楽家として『気舞』『香功』などの作品もあり、気功・ヨガ愛好者にBGMとしてひろく使われて いる。多摩美術大学美術学部非常勤講師。