アースフリーグリーン革命あるいは生態智を求めて その15

鎌田東二

 

 

 

20、東京自由大学初代学長・名誉学長横尾龍彦先生に捧ぐ最終講義とNPO法人東京自由大学第一期(ファーストステージ)の終わり

 

東京自由大学の第一期が終了した。実質的には、20162月末に。形式的は3月末に。

それに伴い、NPO法人東京自由大学理事長を退任した。また、京都大学こころの未来研究センター教授を65歳で定年退職する。場所と課題と探究を次の世代に託し、委譲する。最大の重要事だと思う。この「新陳代謝」がなければいのちは機能しない。継続しない。

というわけで、2016213日に、NPO法人東京自由大学の「人類の知の遺産」講座の最終回で「石牟礼道子」を講義し、ほぼ1週間後の221日に京都大学稲盛ホールで「日本文化における身心変容のワザ」を講演した。そのどちらでも、「詩」を最終課題として取り上げた。そしてそれはわたしの最初の課題でもあった。「詩」こそがわがαでありωであった。

 

自分の人生が変わったのは、17歳になったばかりの1968年の春3月のことであった。3月下旬、知り合いの叔父さんに自転車を借りて徳島県阿南市を出発し、2日がかりで四国を横断し、八幡浜から別府に渡り、阿蘇山麓を抜けて北九州横断道路を東西に移動した。熊本から南下し、桜島を周遊して宮崎県に出、青島に立ち寄った。

それがすべての始まりだった。発端。始まりのはじまり。

 

「詩」を書くようになった。その時、神話・物語と場所(神社・聖地)と詩・文学が一体化し、それが現在の仕事に直結している。

2つの「最終講義」では、一つは石牟礼道子の作品に焦点を当てて、もう一つはスサノヲノミコトから始まる歌文化の系譜に焦点を当てた。

 

『苦海浄土』で知られる石牟礼道子は本質的な意味で「詩人」である。本質的な意味での「詩人」とは、この世のものならざる声や隠れたもののつぶやきに耳を傾けて深く聴き取り、それをこの世につなぎ心に深く食い入る形で伝える通訳者であり媒介者であるという意味である。

 

その「詩人」は、「草木言語(くさきこととう)」、つまり草木も磐根も森羅万象すべてが言葉を発しているという、古代的なアニミズム感覚に根ざして成立してきたことを力説した。

 

もう一方の「日本文化における身心変容のワザ」では、その核心は「歌」であり「詩」であるということろから始めて、詩神・スサノヲノミコト、『古今和歌集』と撰者で最高入首者(102首)の紀貫之、『新古今和歌集』と最高入首者(94首)の西行法師、西行を慕った松尾芭蕉の俳諧と『奥の細道』、脳出血で倒れた直後から作歌活動を再開した社会学者の鶴見和子、そして歌人として出発した石牟礼道子などの詩神・詩人の系譜を取り上げた。

そして併せて、宗教哲学と民俗学の違いについても説明した。宗教哲学は、個別的な宗教現象を発現させる宗教の本質や構造、また神仏などの聖なるものや宗教経験や超越や絶対などの限界概念について鳥瞰的(鳥の眼的)に考察し思考する極めて抽象的で思弁的な学問である。それは、形而上学的な思弁にも、数学や天文学にも似ている。

それに対して、民俗学はその地域に伝わる個別具体の方言で語られる民間伝承や祭祀儀礼などを具体的に採集し、実証する、地を這う蟻の眼的な学問である。

このマクロコスモス(大宇宙)とミクロコスモス(小宇宙)の対極的な二つがわたしの中では両方共に必要不可欠であったことも説明した。

日本の詩歌の典型は短歌である。その31文字の短歌をさらに短くしてわずか57517文字に縮めたものが俳句(俳諧)である。「短歌は心の雛型」「俳句は宇宙の雛型」。言い換えると、「短歌は心を入れる最小の入れ物」「俳句は宇宙を入れる最小の入れ物」である。

松尾芭蕉の「荒海や佐渡に横たふ天の川」という有名な俳句。目の前に荒々しく広大な海が広がっている。その向こうに佐渡ヶ島がある。その遥か頭上を覆っているのが天の川。天上の海のような帯状の川。地上世界の小さな佐渡ヶ島とそれを飲み尽くそうとしているかのような日本海の荒海とさらにそれを包摂する巨大な銀河と宇宙。確かにこの17語の中に「宇宙」が詰まっている。

この最短文芸の元となったのが短歌であるが、それは『古事記』の中のスサノヲノミコトの歌「八雲立つ出雲八重垣(つま)()に八重垣作るその八重垣を」に始まる。

この歌は最短の詩句に最大最深の感情を入れ込んでいる。意味的には、妻を娶って立派な八重垣を持つ宮殿を創ったということでしかないが、その中には、母イザナミノミコトの悲しみや兄の火の神カグツチの怒りが内包されているのだ。その悲しみや怒りという負の感情を浄化する昇華力を持ったこの歌こそ、わが国最初の身心変容技法といえるワザであり、作品であった。

詩歌は飢えた子のお腹を満たすことはないと思われている。しかし、間違いなく、詩歌は心と魂を満たすことにより、「透き通った本当の食べ物」(宮沢賢治)になる力(言霊)を秘めている。詩人・山尾三省は、「詩人というのは、世界への、あるいは世界そのものの希望(ヴィジョン)を見出すことを宿命とする人間の別名である」と言ったが、わたしは、そのような「詩人」でありたい。NPO法人東京自由大学副理事長であった故大重潤一郎監督も、初代学長の横尾龍彦画伯も、二代学長の天文学者・海野和三郎先生も、そのような意味での「詩人」であった。

退職記念講演会・シンポジウムの後に山内ホールで行なわれた懇親会では、折口信夫の最後の弟子で、國學院大學名誉教授の岡野弘彦先生、情報工学者で京都大学元総長の長尾真先生、ゴリラおよび霊長類研究者の山極壽一現総長、造形美術家の近藤高弘さんの4名の方々から励ましとお祝いの言葉をいただき、襟を正された。

京都大学元総長、元独立行政法人情報通信研究機構理事長、前国立国会図書館館長、現国際高等研究所所長を歴任された長尾真先生のお話の中で、「普遍を超える」という言葉が出てきた。その言葉が深く鋭く突き刺さった。これこそわたしが求めていたものだと覚然とした。「普遍=法則=骨組みを越えて、そこに肉付けすること」、それこそがこれから立ち向かう仕事だと覚悟した。

京都大学を退職するに当たり、これまでの研究成果を2冊の本にまとめた。1冊は、『世直しの思想』(春秋社、2016221日刊)。退職シンポジウムに合わせて上梓し、懇親会参会者の全員に配布させていただいた。

 2冊目は、323日に発売される『世阿弥―身心変容技法の思想』(青土社)。これは渾身の世阿弥論であり、この数年取り組んできた「身心変容技法研究」の中間決算報告である。

NPO法人東京自由大学第一期(ファーストステージ)の最後の催しは、318日か20日まで23日で、那須にある厳律シトー会那須の聖母修道院トラピスト修道院での春合宿であった。心に残る霊性的な合宿であった。

スタジオ雷庵でのショパンの演奏と詩の朗読と民謡やサックスや神道ソングの?歌声が響き渡る所から始まったかけがえのない時間と空間。横尾龍彦画伯の霊的教導、大重潤一郎監督の詩的映像、それらを包み込む岡野恵美子元運営委員長の菩薩道的包容力と実行力。まさに、「東京自由大学三位一体」であった。

横尾龍彦画伯夫人の横尾嘉子さんと豊田アンジェラ大院長さんと共に横尾龍彦画伯について追悼のお話が出来たことは何よりの鎮魂供養であり、感謝であり、顕彰であった。また東京自由大学運営委員の松倉福子さんや鳥飼美和子さんの指導によるクリパルヨガや峨眉丹道気功もそれぞれの身体で深く受け止めることができた。

担当の神成當子さん・芳彦さんとご家族、そして、もう一人の担当の渡辺美鈴さんのホスピタリティも心と真実が籠り非の打ちどころがなく素晴らしかった。

トラピスト修道院には横尾龍彦画伯(19282015)の基督像と聖母子像が安置されている。これは凄いことである。

当初、春合宿は横尾龍彦画伯の瞑想絵画を指導していただくことになっていた。が、横尾画伯は昨年20151123日に87歳で亡くなられた。横尾画伯はご夫婦ともどもカトリック教徒で、洗礼名はフランチェスコとクララである。またご夫婦ともに、鎌倉の山田耕雲老師の下で参禅し、見性体験を持っている。

以下の那須トラピスト修道院のHPのトップページに掲載されてい教会内の写真の基督像と右の聖母子像が横尾龍彦画伯の彫刻になるものである。

http://www.nastra.or.jp/

NPO法人東京自由大学の春合宿の流れは以下の通りであった。

 

2015年度「春合宿in那須」タイムスケジュール

 

3月18日(金)

13:00 スタジオ雷庵にて

コンサート第一部

13:20 ピアノ演奏「藤村百合子」10分

   13:30 朗読劇「ヒロシマ・ナガサキ」(夏の会)20分

13:50 「夏の会」コメント 10分

14:00~ 波の音効果音 詩朗読「フクシマ」(夏至の会)15分

14:15民謡&サックス「相馬市・わかまつ兄弟」15分

14:30~   休憩10分

   

コンサート第2部

   14:40  サックス演奏(若松安男)5分 オープンカフェ  30分

   15:20  鎌田東二 2曲  10分

   15:40 出発

 16:10 トラピスト修道院入所

 17:00  晩課

 19:00~21:00 「久高オデッセイ第三部風章 上映会」チームとの懇談

  

3月19日(土)

3:45起床・4:05~夜課

6:30 ミサ

9:00~11:30横尾先生を偲んで:横尾嘉子・アンジェラ豊田・鎌田東二

11:50~六時課 

13:30~14:30 座禅:横尾嘉子

14:40~15:30 アンジェラ豊田大院長先生と共に~

15:40~16:40 ヨガ:松倉福子

17:00~晩課

19:00~21:00 ミーティング(横尾龍彦初代学長、大重潤一郎副理事長、岡野恵美子元運営員長への思いと思い出を語り合う)

 

3月20日(日)

:45起床

4:05~夜課

6:15~ミサ

9:15~10:15気功:鳥飼美和子

10:20~11:20 総括

11:30退所

11:50~13:00 藤村靖之アトリエ:非電化工房訪問

15:30 解散

 

このトラピスト修道院の弥撒はすばらしい! その祈りの歌唱には身も心も魂も浄められる。ちょうど2年前、横尾龍彦画伯に導かれて、NPO法人東京自由大学の春合宿をここで行なったが、その時、修道女たちが捧げる讃美歌や聖歌や詩篇の歌唱の素晴らしさに魅せられた。これほど美しい歌唱を聴いたのは生まれて初めてだった。

その修道院に、長年のご縁により横尾龍彦画伯のキリスト像と聖母子像が収められ、日々の祈りの対象となっているのだ。とりわけ、祭壇正面の十字架にかけられたキリスト像は横尾龍彦画伯の遺作で、心血を注いでこの像を彫り上げ、まもなく横尾龍彦画伯は亡くなった。本当に魂の籠った遺作である。

拙著『世直しの思想』(春秋社)224頁~229頁に横尾龍彦画伯のことを書いているので、ぜひご一読いただきたい。またその前後には、「久高オデッセイ」三部作の大重潤一郎監督のことや、「久高オデッセイ第三部風章制作実行委員会」事務局長岡野恵美子さんのことも書いてあるので、ぜひこちらも併せてお読みいただきたい。

横尾龍彦画伯夫人の横尾嘉子さんを始め、20人ほどの参加者一人一人に、去年相次いで亡くなった横尾龍彦画伯(112387歳で死去)と大重潤一郎監督(72269歳で死去)と岡野恵美子さん(83170歳で死去)の3人のことについて、それぞれの思いや思い出を語り合った。

3日間、深い語り合いであり、グリーフケアであり、「最後の晩餐」であった。

 

トラピスト修道院
トラピスト修道院
横尾龍彦画伯作 聖母子像
横尾龍彦画伯作 聖母子像
横尾龍彦画伯遺作 キリスト像
横尾龍彦画伯遺作 キリスト像
基督像と聖母子像
基督像と聖母子像
教会祭壇
教会祭壇
横尾龍彦画伯の絵画
横尾龍彦画伯の絵画
横尾龍彦画伯の絵画 「内なる宇宙」
横尾龍彦画伯の絵画 「内なる宇宙」

那須春合宿最後の朝、早朝弥撒、6時15分から8時まで荘重に行なわれた。

3月20日早朝
3月20日早朝
3月20日午前6時の祭壇
3月20日午前6時の祭壇
3月20日トマス神父による弥撒
3月20日トマス神父による弥撒

このNPO法人東京自由大学第一期最後の春合宿の最後の昼食時、担当の渡辺美鈴さんが「東京自由大学第一校歌」の一節を歌ってくれた。忘れられていた「名歌」(?)が渡辺さんの美声で甦った。

 

 

東京自由大学第一校歌「永遠からの贈り物」

 

ぼくたちの明日を信じて歩こう

ぼくたちの明日を信じてゆこう

ぼくたちの明日は果てしないけれど

ぼくたちの明日を信じてゆこう

 

永遠からの贈り物 それは自由

永遠からの贈り物 それは愛

 

あなたの心に届けたい 自由を

あなたの心に届けたい 愛を

 

ぼくたちのいのちを信じて生きよう

ぼくたちのいのちを信じてゆこう

ぼくたちの旅は果てしないけれど

ぼくたちのいのちを信じてゆこう

 

永遠からの贈り物 それはあなた

永遠からの贈り物 それは私

 

あなたのいのちに届けたい 自由を

あなたの心に届けたい 愛を

 

永遠からの贈り物 それはあなた

永遠からの贈り物 それは私

 

・・・・・・・・・

1999年、鎌田東二作詞作曲

 

本当に心に染み入る、有難くも畏き最後の春合宿でありました。

すべての存在に、心からの感謝を捧げます。ありがとうございました。

 2016323日 鎌田東二拝

 


 

 

 

鎌田 東二/かまた とうじ

1951 年徳島県阿南市生まれ。國學院大學文学部哲学科卒業。同大学院文学研究科神道学専攻博士課程単位取得退学。岡山大学大学院医歯学総合研究科社会環境生命科 学専攻単位取得退学。武蔵丘短期大学助教授、京都造形芸術大学教授を経て、現在、京都大学こころの未来研究センター教授。NPO法人東京自由大学理事長。文学博士。宗教哲学・民俗学・日本思想史・比較文明学などを専攻。神道ソングライター。神仏習合フリーランス神主。石笛・横笛・法螺貝奏者。著書に『神界のフィールドワーク』(ちくま学芸文庫)『翁童論』(新曜社)4部作、『宗教と霊性』『神と仏の出逢う国』『古事記ワンダーランド』(角川選書)『宮沢賢治「銀河鉄道の夜」精読』(岩波現代文庫)『超訳古事記』(ミシマ社)『神と仏の精神史』『現代神道論霊性と生態智の探究』(春秋社)『「呪い」を解く』(文春文庫)など。鎌田東二オフィシャルサイト