田園生活

春一番のモヤモヤ

  田 園

 

 

 

冷暗所にしまっていたジャガイモから、芽が出てきた。 

もう春なんだなぁ、としみじみ思う。毎年この季節になると、冷暗所に残されたジャガイモ達が、いっせいに目覚める。わたしは彼らを土の中に埋めることを、春一番の仕事とする。

故郷の北京で過ごした大学時代、わたしは猛禽保護センターという所でボランティアをしていた。なかなか想像しにくいことだけど、大都市北京にも、たまに野生の鷹やフクロウが、迷い込んでくる。運良く心優しき人に拾われた彼らは、お巡りさんに連れられて、猛禽保護センターにやってくる。

わたしたちは彼らを野生に帰すため、ワゴン車に乗せて郊外の山へ連れてゆく。お互いを見て驚かないよう、ずっと目を覆い、一羽ずつ段ボールの暗闇に閉じ込める。しかしいったん車が都市を出ると、段ボールに入った彼らは、ざわめき始める。

この現象を科学では、気温・湿度・磁場・臭いなどから、解釈するだろう。しかしこれは、動物の「野性」にある何かとつながっているのではないか。もちろ ん、その「何か」は、明確な数字や記号では説明できない。しかし、わたしはこのモヤモヤした存在、あるいは「直観」や「霊性」と呼ばれるそれに、身を委ね たい。それは未知なる存在でうまく説明できないからこそ、魅力的なのだ。

「春」という季節にも、モヤモヤした情報が入っている。温度や湿度は、そのごく一部に過ぎない。近代科学は、モヤモヤの全体像をいまだ明らかにしていない。無限に伸びゆく宇宙にあって、そのごく一部しか知らないのに、世界を支配した気になっている人類。

せめて心だけは、とわたしは思う。心だけは無限に広がって、あらゆる野生のモヤモヤとつながりたい。計量不能な「直観」や「霊性」を、心でだけは、感じていたい。

これから始まる「田園生活」を通して、わたしは心の無限化に挑戦してみることにしたい。

 

 


田 園/でん えん
北京出身。畑に囲まれた田舎の寄宿制中学校、北京師範大学第二付属高校、北京映画学院大学卒。そして来日。中央大学大学院で修士号を取り、博士課程に在籍中。研究分野は宗教社会学だが、その業績はほぼなし。漫画家デビュー歴あり。黒い歴史満載。猛禽保護センター、出稼ぎ労働者の子供のための学校などでボランティアをしていた。中国赤十字社で救命技能認定証をとったが、期限切れている。今は念仏+論語+民間療法+市民農園に情熱を燃やしている。